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【読後感】禅が教えてくれる美しい時間をつくる「所作」の智慧

禅が教えてくれる美しい人をつくる『所作』の基本』の2弾目です。

 

禅が教えてくれる美しい時間を作る「所作」の智慧

禅が教えてくれる美しい時間を作る「所作」の智慧

 

既出の本と重なってるところもありますが、こちらはもう少しだけ所作の思想について掘り下げてるような印象をうけました。

 

まず所作の基準について。

 

美しいか否か 

 

シンプルだ!

美しいということは、”誰にとっても快いこと”。

美しいもの程、長い歴史をかけて築かれたもの。

 

これはお茶をやってると本当にそう思います。そして私感でもう一ついってしまえば、美しいものは合理的だとも思います。

 

所作というのは”かたち”であるが、”かたち”の向こう側に深い意義がある。そしてそれぞれに意味と歴史がある。

うんうん。本当にそうですね。

 

そしてタイトルについてる”智慧”という言葉。仏語でいうと

真理を明らかにして、悟りを開く働きのこと。 

 つまり物事をありのままにうけとめ、そこから真理を見出すためのものということだそう。今でいう”知恵”というのはここから来てたんだ、と。知恵をつけるのは悟りを開くための行為なんだと考えるとちょっと神々しい感じ!

 

さてこの本の中で私が特筆したいのはお賽銭のこと。

仏教では賽銭を含め、金品を供することを”喜捨”といいます。

人間には自分が一度手にしたお金でも、ものでも”手放したくない”という気持ちがあります。それが欲であり、執着、もっと広く捉えれば煩悩。

 

しかしお賽銭を投げることによって、煩悩をひとつ捨て去ることができる。これが”よろこび”と考えるので”喜捨”という。 

 

そうなんですね。。。お願い事をするために神様にお金を供えるんじゃない。自分の煩悩を取り除くため、自分から賽銭を”させていただく”という考えに目鱗。

 

そしてこのお賽銭について民俗学的なはなしも。

ちなみに民俗学でも同様な考えが。民俗学では貨幣は”ケガレ”を浄化してくれる吸引装置と捉える。心身にまとわりついたケガレが移った貨幣を賽銭箱に投じることによってケガレのない清らかな心身になる。それが民俗学的なお賽銭の解釈らしい。 

 

そかー。そうなんですね。お賽銭、ふかい。

 

本書の第1弾『禅が教えてくれる美しい人をつくる「所作」の基本』はこちらにかきました。

 

nogajika.hateblo.jp

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