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喫茶去

日日是好日。皆様にとって毎日が好き日でありますよう。

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『山椒魚は悲しんだ』

過去ログ

2月22日は文学サロン『月の舟』にて、「山椒魚レクチャーコンサート」でした。みたけきみこ先生の文学解説と、溝入敬三さんが作曲してくださった「山椒魚」実演2本立て豪華セット(ジャーン)。この曲は通しで30分弱あるのでなかなか普通のコンサートでは再演できないのだけど、また文学をこよなく愛し広めようとするきみこ先生ゆたか理事長のおかげで、文学好きの皆様に囲まれての再演となりました。


いやー、おもしろかったー、私自身が(笑)。きみこ先生の山椒魚レクチャーのおかげで私自身も気づいてなかったこの物語の深部に少し手が届いたようで嬉しかったです。


最近私のやりたいことは、こうやって一つ一つの曲を深く掘り下げていく事。一生弾き続けられる曲を再び解読する機会を逆に頂いたような気がして、とても勉強になりました。有難いこと。


さて以下、公子先生レクチャーのダイジェスト。自分の忘備録としても付け加えておきます。

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井伏鱒二の『山椒魚』。この話は何回も筆者の手によって作り変えられ改訂されてます。


最初は『幽閉』という題から始まった物語とのこと。きみこ先生から頂いた資料の一つ『幽閉』を読むと、山椒魚の目からすべてが語られ、のちの『山椒魚』バージョンよりも心情描写が微細となってます。トーンもより一層悲壮感溢れてる感じに思えます。一方『山椒魚』は、完全に語り手と山椒魚は別物。山椒魚は語り手によって『彼は』と呼ばれています。山椒魚の心情は『彼』によって語られることは少なくなっており、海老や蛙との掛け合い、情景描写が増えています。これはこの『山椒魚』が児童向けに改作の為かも。


この話はチェーホフの『賭け』という話から影響を受けてるそう(内容省略)。どこが?というと、『人間の絶望から悟りへの道程を書こうと思った(by鱒二)』とのこと。『幽閉』は海老と疑似友達になった(と山椒魚が妄想した)ところで話はおわってるのですが、『山椒魚』では後半部新たに蛙を登場させてます。蛙は山椒魚によって岩屋に幽閉されてしまう。お腹がすいた瀕死の蛙は山椒魚にこう告げるのです。『いまでもべつにおまえのことを怒ってはいないんだ』これが絶望諦観→悟りの下りなのかと思いきや、鱒二87歳の時に最後の10行をばっさり削除してしまいました。


さあ、ではなぜ鱒二がこの部分を消してしまったのか。ここが物議を醸しだすところでもあるのですが・・それはレクチャーを聴いた各々で考えるとしてと。

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講義中に考えること様々。参加者の方から出る答えや質問も十人十色で面白く。


答えが出ない曖昧さを楽しんだり、考えたりすることも大切と改めて感じました。パソコンに聞けば答えが安易に手にはいる今だからこそ、尚更。私自身も紙媒体は実用書やエッセイ―ばかり読んでる気がする。。小説もやはり時には読んでみようかと思った2時間でした。


講義終わってもわいわいとにぎやかな『月の船』。きみこ先生、ゆたか理事長のお人柄が溢れるサロン、また次にうかがえるのを楽しみにしてます。


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