喫茶去

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【読後感】典座教訓

典座教訓」を書いた道元が生まれたのは1200年、鎌倉時代。幼い頃から神童といわれエリートだった道元は両親を早くに亡くし幼い時より仏門にはいる。24歳の時、修行の為中国宋へ。28歳、修行より帰国した道元は、ひたすら座禅をとの教えを説くようになる。37歳自分の堂をたてるが、そこでの集団生活の維持のための規則が必要になったため、手初めに、食事にまつわる事を「典座教訓」にまとめるのです。

 

”典座”は禅寺の中で食事一般を取り扱う職のこと

一山の僧たちの、いのちとこころを整える大事な債務をまかされている 

 当時、日本では典座の務めは、下働きをする者たちに任されていたといいます。道元は中国宋での修行時代出逢った典座職の老僧が、身を粉にして食事の準備をすのも見て、典座の大切さを痛感することになるのです。

 

典座は誰でもやっていい仕事ではなく

釈尊の歩まれた道を究めたい。後輩を指導しながらも自らを励む、そういった心がけの雲水がこの典座職にあたった

 

道元は料理の心得を述べ、喜捨や自分たちの農作業によって、得た食材を自分の瞳のように大事に扱いなさいと述べます。また台所用品においてもあるべきところに戻してこそ、その役割を果たすのだとも教えます。

 

また食事を作るだけではなく

畑の作務は、もう・・いうまでも。次は薪作務。・・非番だと托鉢にもでる。禅門の生活は、座禅、托鉢、作務を繰り返す。つまり身体でもって悟れということである。

また職にあたるものは

喜心・老心・大心を持ち続けるように

とも説いてます。

 

喜心とは、今あるすべてに感謝し、喜ぶこころ。

老心とは、強く慈しみ、忍耐強く愛し続けるこころ。

大心とは、何にも執着せず、自由自在に展開するこころ。

 

この三心を忘れてはならないと最後に道元はしめています。

 

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これを読むと家族の為に食事を作る方たちの有難さ、責任の大きさに気づきます。
食事だけではなく、日常生活の雑事に当てはめても、いろいろと学ぶべきことはありそうです。何事も上下はなく、何事も丁寧に大事に扱うという心構えは大事だなと最近とみに思うことです。

 

典座教訓・赴粥飯法 (講談社学術文庫)

典座教訓・赴粥飯法 (講談社学術文庫)

 

 

 

 

 

 

 

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